音楽や図工といった芸術科目は、答がひとつでない数少ない教科である。1つの表現しか認められないのではなく、別の表現にも価値を見出すことができる。1つの答に向かって集約していく他教科と比べ、子どもの個性を認めることができ、広がりを持たせることのできる教科である。しかし、答がひとつでないことが、評価の曖昧さを生み、教師の自信を失わせ、 授業の質の低下を招く方向に働いている可能性も否定できない。ここでは、図工と言う教科を考え、教師はどのように向き合うべきなのかについて考えてみたい。

図工科の授業のめあてと成績

【めあてのない授業は授業ではない】
ここで再び評価のことに話を戻そう。めあて、指導案的にいうなら、本時の目標が授業には必ずある。このめあてをそれぞれが達成できているのかいないのかで評価ができる。この毎時間の評価の総合が成績となる。先に述べたように作品の良し悪しが成績となるのではない。(もちろん、日々の活動でよい評価を受けている子の作品が良いものになることは当然起こることだ。)めあてのない授業は授業ではない。ただの遊びだ。教師自身が授業のめあてをしっかりつかんでいるかを確認する意味で、黒板にはめあてを書いてから授業を進めるようにお勧めする。ちなみに高学年になるとひとつの作品つくりに何時間もかけることがある。しかし、毎回、同じめあてということはない。当然、作品のつくり始めと、完成ちかくとでは、作業内容も、注意することも変わってくるはずである。めあても授業内容にあったものを提示しなければならないのは当然だ。

【スポンサーリンク】
【線を描く】
具体的に例をあげよう。「絵の具と筆で様々な色や形、長さの線を描く」という題材を取り上げたい。いろいろな授業を考えることができると思うが、ここでは、「絵の具と筆を使って自在に線を描く力」「色や形、向きや重なりに工夫する力」を身に付けさせると考えたとしよう。前者の力を身に付けるためにすることとして「線が引きやすい絵の具の水加減」「筆の使い方」「混色の仕方」などがあげられるだろう。これらを教えること、教えなくてもよいこと、教えるのが無理なことといった観点で選択する。たとえば、絵の具の水加減は以前取り上げたので今回は省略してもかまわないとかいった具合である。または、水加減と筆の使い方の2つを教えるので、混色はやめて、単色でこの題材を考え直してみようということになるかもしれない。その場合は、混色なしで絵の具を使わせることになるだろう。

【もう少し掘り下げてみよう】
さて、筆で線を描くということについてもう少し詳しく考えておこう。何も教えなくても筆で線を描くことはできる。しかし、書きなぐるような線しか描けないのでは発展性がない。美しい線を描かせようと思うと、線が途中でかすれたり、途切れたり、太さが変わったり、始点終点がはっきりしなかったり、線が走ってたりしてはいけない。筆先を丁寧に揃え、筆を立てるようにしながら、ゆっくりと描き、曲げるところ、直線で描くところ、緩やかにカーブするところなどを意識しなががら描き、止めるところではしっかり止める必要がある。このような線を描かせようと思うとそれなりの指導が必要だし、作品にするまでに、事前に線の練習が必要にもなるだろう。こうして授業をすると、筆先を揃えられない子や線が走って形が定まらない子などめあてを達成できない子が明らかになる。そういった子が分かれば指導もできる。めあてをはっきりさせて、指導する内容を整理するというのは、評価するだけではなく、できない子を置き去りにしないためにも必要なことなのである。これは、「自由に線を描いてみましょう」という授業では絶対にできないことである。

【できない子を救ってやるためにあるのではない】
授業のめあてと評価の話の最後に成績の事を述べておきたい。ときどき、「他の教科は箸にも棒にもかからない。せめて図工で救ってやりたい。」といって成績を付ける人がいる。また、「図工ではCはつけません」とか言う人もいる。ホントはできていないのに図工の成績は甘くしておくというのはだれが聞いても間違っている。めあてをしっかり持って授業をしていないから「できていないのがわからない」のか「分かっていて不正を働いている」のかどちらかだ。九九を覚えていないのに掛け算が「できる」と評価したり、「漢字」が書けないのに「言語能力」がBになったりしない。算数、国語と同様に図工が教科である限りは、評価はもっと厳格なはずだ。Cをつけない人という人も同じである。全ての子を「できる」まで引き上げることのできる素晴らしい力量を持った先生でなけれは、単に評価基準が甘過ぎるのか評価を偽わっても平気なのかのどちらかである。日々の授業のめあてをしっかり持ち、めあてが達成できているのかチェックして、その積み重ねで成績をつけていれば、「できない」子を「できる」と評価にすることは無理である。評価のいい加減さは、教科のいい加減さにつながり、図工という教科の地位を落としめることにつながる。これは図工に関わる者として、残念でならないことなのだ。


【スポンサーリンク】