小学校では中学年から書写を行い、墨の表現には慣れ親しんでいますが、にじませたり、薄墨を使ったりする経験はほとんどありません。そのため、墨で絵画表現する題材は、これまで気付かなかった墨の表現の面白さにあらためて気付くことのできる面白い題材です。このページでは、授業や教材研究で活用していただけるように制作した動画を紹介するとともに、墨で表す授業を行うための、技法や授業の組み立て方などをくわしく解説しています。
墨の技法を小学生向けにわかりやすく解説
1.濃淡
水に少しずつ墨を足して、濃さを変えて表現することができます。薄墨を作ることができると、真っ黒の墨だけの場合と比べて、格段に表現の幅が広がります。例えば、薄墨で描いた背景に濃い墨を重ねていくことで奥行きを出すことができますし、段階的に明るさを変える事でグラデーションを作ることができます。ただ、薄墨と一言でいっても、子ども達は意外に作るのに苦労します。なぜなら、墨に少しぐらい水を加えても、あまり薄くならないからです。絵の具セットを使う場合は、パレットに墨液を出して、それに水を加えるのが通常子ども達がとる方法ですが、これでは薄墨を作るのは難しくなります。絵の具セットを使うのなら、筆洗バケツの小部屋を使って、そこに墨液を数滴ずつ足していくのがいいでしょう。薄墨を作る際には、「墨液に水を足すのではなく、水に墨液を足す」ようにしましょう。
2.にじみ
和紙に水を塗ってそこに墨を落としたり、墨で描いた所に水を塗ったりすることで、にじませることができます。にじみは、流れる墨で作られる偶然の模様と自然にできる濃さの違いで、面白い表現になります。偶然といってもある程度、形をコントロールすることもできます。例えは、水を塗った部分の端に墨を落とすと、反対側に広くにじませることができますし、墨を数か所に分けで落とすと、墨の広がりが別の墨の広がりで邪魔されるような形ができます。特に、水で形を描いた後、その中に墨を落としていくと、にじみが水で描いた形に限定されるので、面白い表現になります。この方法を使うと、三角形のにじみや四角形のにじみなどいろいろなにじみの形をつくることができます。
3.かすれ
少ない墨で描くと、かすれさせることができます。かすれると筆の線が表れるので、スピード感のある表現が可能です。ただ、墨を筆に付けてそれがかすれるまでは、意外にたくさんの墨を取り除かなくてはなりません。そのため、パレットで墨を筆につけて、いきなり和紙に描こうとすると上手くかすれません。溶き皿のように水をある程度溜められる容器に墨液を出して描いているような場合、特に難しいでしょう。そこで、かすれさせる場合は、新聞か何か別の紙を用意しておき、筆に付いた墨をある程度落としてから描くといいでしょう。ところで、筆についた墨を少なくして描くと、墨液そのままの状態で描いても、墨の量が少ないので色の薄い感じを出すことができます。ですので、かすれさせた上に重ねるといった薄墨のような表現も可能になります。
4.筆を使ったその他の表現
筆を使った表現の方法はその他にもあります。まずは、刷毛でよく使われる表現ですが、筆先の形を変えて、その形を使って描く方法です。これは、筆先に指を入れて筆先をばらけさせたり、指でつまんで扇のようにひろげたりする方法が考えられます。また、絵の具でよく行われるドリッピングを墨で行うことも可能です。筆を振ると周りに飛び散って大変な事になりますから、墨を付けた筆を軽くたたくようにして、墨を和紙に落としましょう。筆を振って、墨の飛ぶ軌跡を表現したい場合は、和紙がすっぽり入るダンボール箱の中で行うのが良いでしょう。この時、箱から手が飛び出さないように気を付けて、手首のスナップを効かせるようにして振るのがコツです。このように、刷毛とかスポンジなどこの後で紹介する用具を用意しなくても、筆だけでもかなりいろいろな表現が可能です。筆以外の用具も使ってみると良いと思いますが、扱う時間であったり、児童の実態であったり、用具の充実度であったりとそれぞれの事情があると思いますので、まずは、個人持ちの用具でできる内容を整理しておくのがいいでしょう。
5.いろいろな用具を使った表現
刷毛などが用意できる場合は、それらを使うと表現の幅が広がります。異なる幅のものを用意できるとなお良いでしょう。その場で刷毛を回すように使って円を描いたり、幅の広い刷毛の左右で異なる濃さの墨をつけたり、毛先の形を作ってスタンプを押すように使ったりするなどが考えられます。刷毛の他には、ヘラやスポンジ、ワラ縄、スポイト、たわしなどを用意するのもいいでしょう。また、子ども達がこれまでの経験で使いたいと申し出る用具があった場合、可能であればぜひ利用させてあげましょう。たとえば、ストローを使った吹き流しや金網を使ったスパッタリングなどは、中学年での経験から墨でもやってみたいと考えるのは自然な流れですし、それを自分で思いつくことこそが、創造的な技能ではないでしょうか。
授業の構成
墨を扱う授業はどのように構成すればいいでしょうか。私は、「試す」活動と「絵に表す」活動に分けて考えるのがいいのではないかと思っています。「試す」活動とは、先に挙げた「濃淡」や「にじみ」、「かすれ」などの技法をいろいろと試してみる時間です。授業としては、「濃淡」「にじみ」「かすれ」などを簡単に紹介した後、実際に子ども達がやってみるような流れになると思います。この時、全員で「濃淡」を使ってグラデーションで和紙を塗ってみるというのではなく、試したい技法を自ら選んで試していくようにしましょう。子ども達の頭の中では、濃淡での表現を試みたいと思った時には、こういった形を濃淡で表現したいとか、こんなことは可能だろうかとか、やってみたいことがたくさん浮かんでいるはずです。それを一律に同じやり方で試していくはできません。一斉に同じ塗り方、構図で試していくことは、本当の意味での試すことにならないと思います。濃淡を試すために描いた構図が、かすれを表現するヒントになることも十分考えられます。ですので、墨のある程度の技法を知った後は、子ども達の自由にするのがいいと思います。
「試す」活動の後は、「絵に表す」活動です。試したことを使って、表したいことを考えて、描く活動です。「墨の濃淡でグラデーションを作り、夜景を描いてみたい」とか、「濃い墨や薄い墨で滲みを作り、魚が泳いでいる水の中を表現したい」とか「スポンジ、刷毛、ヘラでいくつもの模様を作り、それを筆の線でつないでみたい」など、試したことから描きたいものを自由に考えます。描く絵は、子どもによって具体的なもの時も抽象的なものの時もあるでしょう。どちらが良い悪いという訳ではないので、子ども達が墨で描きたいものを尊重しましょう。このように子ども自らが描きたいものを考えることは、指導要領に記されている「表したいことを見付ける」「どのように主題を表すか考える」よい機会になると思います。
時間は「試す」活動に2時間、「絵に表す」活動に2時間で行うのはいかがでしょうか。どちらも、用紙は余分に用意しておき、十分に試したり、別の絵を描いたりできるようにするといいでしょう。墨の表現は、コツコツと細部にこだわって描いたり、塗った後に何度も塗り重ねて表現したりするというのとは、ちょっと違います。勢いよく、刷毛や筆を動かして、ものの数分で1枚の絵が完成することもあります。時間をかければ良いものができるという訳ではないので、新しい紙に新しいものを描く方が、学習効果は高いでしょう。私は、「試す」活動時には、小さめの用紙(例えば16切り)を5枚、「絵に表す」活動時には、大きめの用紙を3枚(例えば8つ切り)を3枚、全員に配っておき、その用紙が無くなったら、新しい用紙を取って活動を続けるようにしています。
和紙について
この題材では、墨と並んで必要なのが和紙です。手ごろなのは習字で使っている半紙でしょう。これは、常時、書写の授業で使っていますので、あらためて購入しなくても手元にストックがあるかもしれません。習字道具や絵の具セットも子ども達が普段使っていますので、半紙を使えば特にあらためて購入するものもなく、手軽に取り組めるでしょう。ただ半紙でもできなくはないのですが、にじみを使った表現に際して水を多く使う場合は、破れやすかったり、水を含む力が足りなかったりします。可能であれば、もう少し厚めの紙を準備されるのがいいでしょう。
学校で手に入りやすい和紙は、版画用の和紙です。図工の材料、用具が記載されているカタログならばほぼ掲載されているでしょう。カタログの見方ですが、重さが記載されている場合は、重いほど厚くなります。また、ドーサ引きの記載がある場合は、にじみを抑えるための処理がなされているということなので、この墨の題材には向きません。さらに、裏彩色和紙という版画和紙も掲載されていることが多いですが、こちらは紙の裏から彩色できる和紙です。これは紙自体も薄く、あえて選ぶ必要はないでしょう。
版画和紙は八つ切り100枚入りで1000円以上しますので、半紙の1000枚入り3000円程度と比べると、3倍以上の価格差があります。こちらも考慮して、版画和紙を使うか半紙を使うか検討されるといいと思います。
コメント